五嶋みどり Photo:Fabrice Umiglia

「私にとって音楽とは真摯に向き合うもの」~強い意志と表現力こそが五嶋みどりの魅力

 五嶋みどりといえば、とある楽器メーカーの主催するwebサイトに掲載されていたインタビュー記事が印象的だった。このサイトは〈音遊人〉なる名前で、インタビュー最後に「音で遊ぶ人にどんなイメージがあるか」などと聞いているのだが、その答えが振るっている。「私にとって音楽とは常に真摯に向き合うものなので、音で遊ぶという感覚はありません」。

 ここに、五嶋の音楽への向き合い方が凝縮されているといっていい。いかなるフレーズも、神経が行き届いた細やかさ。全体に一本芯が通り、徹底的に研ぎ澄まされた技術と歌唱。一切の遊び、緩み、弛みなどがない。聴き手も自然に背筋がピンと伸びてしまう。

五嶋みどり 『ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、ロマンス(2曲)』 Warner Classics(2020)

 そんな彼女がベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を録音した。作曲家誕生250年のアニヴァーサリーに向けた企画として、今年の3月にスイスでレコーディングが行われている。

 10代早々でデビューし、その頃から完璧なパガニーニやバッハを奏でていた五嶋。ベートーヴェン録音は、意外なことに珍しい。かつては、ヴァイオリン・ソナタ第8番(カーネギー・ホールでのライブ)があったくらい。

 今回の協奏曲も、完璧そのもの。まったく真摯としか言いようのない演奏である。これ見よがしの表現とか、ユニークな解釈であるとか、そうしたアーティスティックなアピールがまったくない。ザ・横綱相撲。単に客観的に描くというのではなく、音楽に完全に正面からぶつかっていく熱量に心が動かされる。

 一つひとつの音、ピチカート一つに至るまで、強い表現と意志がぱんぱんに張り詰めている。カデンツァはまるでバッハの無伴奏作品のようだ。正座して聴きたくなるほどに。

 2つの“ロマンス”も収録。いくぶんリラックスして奏でられがちなこの小品だが、やはり五嶋は違った。真っ正面から作品と向かい合い、丹念に繊細を極めた歌を紡いでいく。もしかしたら、この曲で胸が熱くなったのは初めてかもしれない。